メイキング・オブ「十番の夜」! 第2弾 パート11

フットボールライフ・ゼロvol.2の「十番の夜」の未収録部分を大公開! 【パート11】

※今回からは「フットボールライフ・ゼロ vol.2」の誌面ではお伝えすることができなかった「十番の夜」の未収録部分を公開しちゃいます!

未収録コーナー


※スポーツライティングにおけるサッカーの書き方について語り合う4人。その中でえのきどさんは、「サッカーの書き方にはまだ誰も思いついていない、誰かが発明しなきゃいけない書き方があるんです」とその書き方を説明しながら熱く語ります。


登場人物;
=えのきどいちろう  =海江田哲朗  =中山淳(編集長)  =後藤伸二(本誌スタッフ)




 最近は携帯小説が流行ったりしているじゃないですか。僕はあまり好きじゃないんですけど、何かそういうもので面白いサッカーの書き方をする人がいたら、それはちょっと興味あるかな、みたいなところもありますよね。

 サッカーの書き方はね、まだ誰も思いついていない発明が、誰かが発明しなきゃいけない書き方があるんですよ。これは構造上の問題なんですけどね。スポーツライティングには歴史があって、大きく型があるんですよ。

例えば、そのときに流行っている小説の書き方をなぞって、そっちに磁力的に引っ張られるような傾向があるんですけど。それは昭和期でもそうなんですよ。ここ最近の「金子達仁病」っていうのは何かっていうと、これは金子さんに聞いたんだけど、スティーブン・キングの翻訳文体を良いなって思ったらしいんです。

物語であるという構造を作るとなると、勧善懲悪のようなものを作くらなきゃならないんですよね。「善は何で悪は何で敵は何で」っていう構造ですよね。そうすると大体、物語の制約上、主人公ができちゃうんですよ。
だから複数の主人公がいる状態で、あるクラブのある時期を描くみたいな構造は、それがあったとしても主人公ができちゃうんです。

で、サッカーだと22人いるんですよ、これが。スタンドで見ている人も入れるともっと多くなるわけなんですけど。とりあえず、その22人の動きを構造として、22人の動きを描く書き方ってまだないんですよ。

 主人公なしっていうことですか?

 22人の主人公がいるというか、その描き方ってまだない。誰も発明してないんですよ。これはものすごく難しいと思うんですけど。

 読み物で、ということですか?

 そう。例えば山際淳司の『江夏の21球』っていうのは、あれは丹念に取材する形で、ある出来事が起きたときに、そいつは何を考えていたのかっていう、ひとりひとりの意図だとかいうのを丁寧に書いて、それを立体構成するっていうやり方なんです。
そういう感じに近いといえば近いんですけど。

でも、サッカーは野球よりもっと動的じゃないですか。
動的な、流動的な状況について複数の意図、思惑があったりするようなものを描いていく描き方っていうのは誰も発明してないですよね。

そもそも、サッカーを流動的に描くっていうやり方すらまだないんです。そこはダラーンと空いてるんです。
監督の意図だったりとか、そういうもので、ゴツゴツと、というか、フォーマットで考えていくような感じなんですけど。

今そこで動いてる状況を流動的に描いていくっていうのは、そもそもダメだし。
そこに22人も主人公がいるっていうことについてのかみ合いみたいのを、まだ誰も思いついてないんですよね。

 それはもしかしたら、書き手の頭が野球のスタイルに凝り固まっているからかもしれないですけどね。

 だから、おへそになる選手を描くとか、あるいは負けた側から描くとかさ。手法としては失う側から描くみたいなことだから。
でも、実際はそれだけではないからね、もっと人がいるからね。

 日本語だと主人公を設定しないで書くっていうのは難しいんですかね? そんなことはないですか?

 主人公を設定しないで書く物語はもちろん難しいんですけど、20世紀文学においては、例えばガルシア・マルケスとか、ポストモダン小説みたいので重奏的にグワーっと行くようなことは試みられたりしているんです。
でも、それはスポーツライティングには転用されていない。

ただ、22人は無理かもしれないけど、3、4人とかさ、かなり実態に近いっていうか、動きのある世界っていうか、その方法を思いつけばいいわけで。
それは方法と技術の問題になってきますね。

まず、フォーマットを作り、その中に技術として状況を書き込んでいく、みたいな。
このやり方は誰もやってないんですけど、できたらすごい格好良いし、多分サッカー的に描写がリアルな感じになると思うんですよ。

 分かります。何か今はすべてが主人公っぽくなる手法が続いているから、全部が陳腐っていうか嘘臭いし、無理があるような感じになっていますからね。
リアルさが欲しいですよね。ライブ感だったり、躍動感だったり。

 僕たちが見て興奮しているものと読むものとでは違いますからね。それは別物ですよね。

 あと、ポイントはもしかしたら想像力かもしれないですね。自分がテレビで見ている映像の中の活字を、「おー!」って思う想像力も、どこかに残しておいて。
スポーツ雑誌やサッカー雑誌を読んでいても想像力がないですよね。

 金子さんの作品でも興奮したのは結構最初の頃の作品ですもんね。『28年目のハーフタイム』とか。


≪第2弾 パート11 了≫

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